け〜せら〜せら〜♪ なるようになる♪
潰瘍性大腸炎(UC)歴約25年、そして乳癌5年生になりました 2羽のインコに癒され、好きな陶芸・刺繍を楽しみながら 毎日のほほ〜んという生活♪ だったのに・・・ 突如脊髄腫瘍という病気が振って湧いて
2008'07.10 (Thu)
☆ わらっとこ わらっとこ ☆
ようやく今現在の記事に追いつく事ができ一段落
書き留めてきたのがオットの闘病記なるものでしたので
極力真面目にPCの前に座り続けてきましたが
1度くらいは顔文字をふんだんに使って書きたいなと笑
今回は相変わらずな私の日常の出来事をば (*^〜^*)ゝ

この4月をもって、息子のクラス役員の仕事が終了
体調のいい中で、最後まで無事お役を果たせてホッとしました
一年前役員を引き受けた時はどうなることかと心配しましたが
一緒に仕事が出来たのが、このメンバーであった事
本当にとてもラッキーな事だったと感謝の一言に尽きました
で、当然打ち上げとなりますよね♪
メンバー8人の中に全校を通しても唯一の男性
お父さん役員がお1人いらっしゃいました
そしてお人柄なのでしょうね
ピーチクパーチクの女性陣をもろともせず
雰囲気に溶け込んでいらっしゃいました
乾杯の音頭で始まった打ち上げ
8人の内5人が私と同い年だった事がわかり
〇〇歳に ヾ(〃^∇^)ノ カンパーイ♪ と既にスタート時点からハイピッチ
学校の事、先生の事、子供達の事、受験の事は勿論
話はあちこちに飛び、ナント8人中4人もが経験したという
飲み会に似つかわしくない流産・不妊治療の話題にまで話が及んで
(勿論私もその内の1人でしたが)
親の期待はどんどん膨らむ一方だけれど
「元気に育ってくれた息子達にカンパ〜イ ( ^0^)/Y☆Y \(^ー^) 」 と♪
進められるままに、ついついグラスのお代わりが何杯もって・・・
話の内容が色々深まっていくうちに
隣に座った方が私に言われました 『〇〇さんて知ってる?』
その名前を聞いて超〜ビックリ
もう20年も前に海外で生活していた時の友達の名前だったから
我が家では今年に入って
この手の簡単には起こらない偶然が5件立て続けに勃発し
その度に 「えーーー! うそーーー! 信じられなーい!」
という黄色い声が発せられたのは言うまでもありません
『世の中って広いようでホントに狭いもんだネっ♪』
今度3人で飲む事を約束して、またお酒が進んで盛り上がる笑
そろそろお開きという時間になって、お父さん役員が一言
「ここからタクシーでいったら直ぐだから、場所を移して2次会に行こう」 って
行き先が 帝〇ホテルだとわかって
こっそりお財布の中を確かめるお母さん役員(^▽^;)
このホテル、何年振り、いや何十年振り・・・
そう。 ナント30年ぶりで足を踏み入れたとても懐かしい場所でした
学生時代、仲の良かった友人Kちゃんのお父さんが
このホテルの一室で絵画に関係した仕事をされていて
その部屋でドレスに着替えさせていただいて
Kちゃんと一緒にホテルで行われたダンスパーティーに
出席した事が数回ありました
もうこれを書いていて “まるで走馬灯のように”
その当時の出来事を懐かしく思い出してしまいました

会社の先輩の結婚式に出席したのもこのホテルだったな〜
17階にあるバーラウンジは静かで落ち着いた雰囲気
スタッフの人達のサービスもとても丁寧で気持ちが良かった
案内された一面ガラス張りの窓に面した席からは綺麗な夜景が見渡せて
ピアノの生演奏をバックに
座り心地の良いソファーに身を任せて過ごす時間は
日常の慌しさから離れて、ちょっぴり贅沢で優雅な気分にさせてくれました
これまた昔懐かしいソルティ・ドッグやらスクリュー・ドライバー
メニューの中から適当に選んだ、今は思い出せない名前のカクテル
一次会で飲んだビール・梅酒・サワーより
アルコール度数がはるかに高いであろうカクテルを4杯ほどおかわり
普段体に入るアルコールは料理用のお酒のみという私です
(若い頃はそれなりに飲めましたよ〜笑)
たしか去年だったか、1・2杯のサワーを飲んで翌日体調を崩し
「もう二度とお酒は飲まない」 と決めていたはずなのに
一次会の雰囲気とは違った大人な時間と空間に
気が緩んでも仕方ないですよね☆ とりあえず自己弁護 (〃 ̄ω ̄〃ゞ
それでは今度こそお開きにということになり・・・
「今日は私が皆さんをお誘いしたので」 というお父さん役員に


全員ごちになりましたぁ〜〜〜♪ 


太っ腹過ぎますっ ♥♥♫♩♬ :*.;".*・;・w(☆o◎)w・;・*.";.*: ♫♩♬♥♥
もし夫から同じsituationで同じ事(同じ金額)をしたと打ち明けられたら
果たして私は笑顔で 『 Good Job (o^-')b 』 と言えるかどうか

いくらご馳走して下さるとはいえ
やはり1度は各自精算すると申し出ましたよ
でもこういう場での払う払わないの押し問答は好きではないので (^▽^;)
自分で払う気持ちでいたので
遠慮などせずにお母さん達バンバンオーダーしてしまいました
限りなく両手の指の本数に近いお会計だったと思いますが
家に帰って奥さんに怒られなかったですよね?
それともずっと秘密にされるとか?
何はともあれ、本当にごちそうさまでした (*^▽^*)
ホテルを出て駅まで小走り! それぞれのホームを目指しダッシュ!
i||||ウソォォンq(。-ω-。;)pソォォンナ||||i
あと5分早ければと思っても後の祭りなわけで
終電さ〜ん♪ さようなら〜〜〜(><*)ノ~~~~~
まさかこの歳になって
人生初の終電逃しが体験できるとは思わなかった w(☆o◎)w
その後、もう帰る術はタクシーしかなくて
きっと体からプンプン漂っていたに違いないお酒の臭いを
ホントっ運転手さんには申し訳なく思いながら
夫・娘・息子には一応遅くなる旨メールをし、それから後は
じっと息を潜めて (息が臭いだろうから・・・笑) 目を閉じ
寝たふりを決め込んでおりました
「ただいま」 と
“お酒なんかそんなに飲んでないから” “頭はいたってクリアーだから”
そんな毅然とした態度でリビングに入り
いつもはとっくに寝ている時間なのに私を待って起きている夫に
「先に寝ててくれて良かったのに
」 とやましい事をしてきたわけでもないのに優しく言葉をかけ
「酒くせーーーっ
」 と鼻をつまむ息子に「どんなもんよ〜♪ 私だってやれば出来るんだって☆」
と意味不明なVサインをおくり ☆⌒v(*^ー゚)b
「頭の配線ショートしたんじゃない」 と言われる始末で。。。
息子と視線を合わせたまま
「ノドガカワイター♪ オミズガ ホ
シ
イ
」 ( ↑ 完全な酔っ払い 自分で自分の事がキモかった笑 )
と言ったら、ナント氷入りの水を持ってきてくれた息子

「もうヤダー♪
ひと手間かけてくれるなんて、私を愛している証拠だよね〜

言いたい放題の私
「バッカじゃねーの!」
ちょっと照れたような息子の様子が面白かった ( ´艸`)
「お疲れ〜」 という優しい娘の言葉に
やたらハイテンションで今日の出来事を喋り捲っている自分に
“足もふらついていないし、頭はしっかりしているけれど
私やっぱり酔っ払っているかも?” とようやく自覚した次第で笑
「私って♪ 酒豪かもよ♪ まだまだいけそうだし〜♪」
な〜んて右腕の力こぶを見せつけるに至って (←アホでしょ。私?)
「はいはい (;-_-)」 と娘が呆れた様子を見せ始めたのを機に
お風呂に入ってすっかり良い気分になって布団に入りました
翌朝。。。
「頭痛ーい (T◇T) 気持ち悪ーい (T◇T)」 と急いでトイレへ
リバースしそうだからではありませんよ
お腹が。 やばーーーい!!!
6年前、一日に20回近くもトイレに駆け込んでいた
あの頃がフラッシュバックしてきました
あの時以来目にする 『水様便』 に
もうUCが再燃しちゃったかもと青ざめて
「二度としません! 二度としないから再燃だけは勘弁して!」 と
数日間は便に血が付いていないか便器に顔を近づけて観察し続けました
娘 「そういう人のこと “懲りない奴” っていうんだよん♪」
私 「いやいや。 一応懲りることは思いっきり懲りてるから
今だって凹んでしおれているでしょ?! でもね。すぐ忘れちゃうのよ」
娘 「だからそれが “懲りない奴” なんだって笑
またやりそうだしね♪」
はい! 反論のしようがありません もう悔い改めます m(_ _;)m
その日は、ただただ口から火を吹きそうな自分の息の熱さに耐え
一日の殆どを横になって過ごしてしまいました
お酒臭いと言われないように部屋の扉をきっちり閉めて寝ていたら
私に用事のあった息子が扉を開け
「うっ! 臭すぎる」 と憎まれ口をたたいて
部屋に入らず出て行った。 と思ったら
直ぐにマッチを手に戻ってきた
そしてナント! 部屋に入ってくるなり
私の枕元でマッチをすったではないか Σ( ̄ロ ̄lll)
以前息子が使用した直後のトイレに入った時
臭いを消すためにマッチをすったのは、確かにこの私です (;^◇^;)ゝ
(この消臭方法、結構効きますよね!?)
キミはあんなに弱っている(?)母親を前に
あの時の仕返しをしっかり果たしたんだね

私のクササはトイレ並みだってか ・:*:・(*/////∇/////*)・:*:・
カムバーーーック! 母親の威厳

まっ♪ 威厳などというものは
初めからあったような〜ないような〜 ( ̄m ̄*)
【注】 いつもこんなことしているわけでは決してありませんから
たまーに、ほんのたまーに♪ v(*'-^*)ゞ^;*・'゜☆
以上、私の日常の呆れた一コマで
この1年、全く成長を遂げていなかったのね(・・。) ? と問われれば
お恥ずかしい限りで〜す (/ε\*)

オットの病気が判明する一週間ほど前の出来事です (*^^*)
さすがの私も家族の病気の不安を抱えていたら
ここまで心の底から楽しめたかどうかはわかりません
結婚後に病気をドーーーンと抱えてしまった私が今振り返ると
少なくても私の場合は、決して全てとは言えないまでも
体や心に感じるストレスが
病気発症の1つの誘因となってしまったという思いは拭いきれません
流産・不妊という出来事が全ての根源となり
この時のストレスが病気を呼び、それがまた違う病気を呼びという風に
乳がんは長い年月をかけて大きくなると言われていて
オットが患った脊髄腫瘍もまた
短期間にこの大きさになったのではなく、年月をかけて大きくなったと
それを聞いた時、流産・不妊・UC・胆嚢炎・乳がん
病気が直撃したのは全て私の体だったけれど
私の病気が原因となって夫にもストレスが溜まっていったのかな〜と
今回のオットの病気の発症の原因の一つは、私の病気???
(注! 脊髄腫瘍の原因は不明です 誤解なきよう
でもストレスは毒にはなっても決して薬にはならないですよね)
私って悪い奥さんなのかな〜
と感じて心が凹む事は・・・ ごめん 全く無い!
あの時教会で 『健やかなる時も病める時も・・・』 って誓ったしね
何事もお互い様よ! ←酷〜〜〜いっ?
でもこの歳になって、これだけは忘れずにいたいなと思っている事があります
『周りの人達への感謝の気持ち』 と 『笑いのある生活』 この二つ☆
周りの人達・・・もちろん夫も含まれますよ〜笑
二つ前の この記事 に書いたように
私の瞬間湯沸かし器のスイッチを
一番高い頻度で押してくれる夫なわけで( ̄▽ ̄;)
ムカッとくることも少なからずあるのですが
一番感謝をしなければならないのもまた夫であると
口にこそ出さないものの (これからも出せないな、きっと)
胸の奥深〜〜〜いところで思っているわけです
あまりにも奥底過ぎて、普段は隠れて表面に出てこないし (o^皿^)\
少し話が脱線しますが
私の瞬間湯沸かし器のスイッチが入ってしまう回数にあまり変化はなくても
ON になってから OFF になるまでの時間は短くなってきましたね v(o^_^o)v
気持ちの切り替えが素早くできるようになったのは
日々の鍛錬の賜でしょう♪ あれっ、それとも歳のせいですか?
その歳になってようやく
『周りの人達への感謝の気持ち』 『笑いのある生活』
そして一つ付け足して (#~皿~#) 『夫の存在』
の大切さに気づいたのか! と思われていませんか?
まぁ言葉にする事は簡単なのでいつも言っていたような
でも超自己中の私には、病気にならなければ
この大切さを 心底 実感できたかどうかわかりません
病気のおかげで超自己中な私が
普通の自己中くらいには昇格できたのではないかと A=´、`=)ゞ
もう人生〇〇年生きてきて、結婚生活もすでに26年が経過し
その間には大波、小波が押し寄せてきたりもしたわけです
それをどうにか乗り越えて今があるのは
やはり周りの人達の支えや笑いや感動

『健やかなる時も病める時も
ずっ〜〜〜とお気楽に笑っている事を誓い ・・・・・たい ☆』
↑ うふ (* ̄ー ̄)v ちょっとだけ弱気♪

有り難うございました☆ 次回の更新は未定です
☆⌒(*^-゜)v Thanks

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体
2008'07.10 (Thu)
【術後16日目】〜と 術後検診
退院してきてから毎日の日課は “散歩” になりました
一日一日延ばしていってのは、歩く距離と時間
短くしていったのは、昼間横になる時間
6/27から会社に出ると決め、その日に合わせて体調を整えていきました
オットが元気になるにしたがって、この場に書き留める事が減ってきた〜
【術後24日目】 (6/27) 〜
本日(金曜日)から出社しました
「今日は早めに帰ってくる」 の言葉通り15時頃に
「少し疲れた」 と言って帰宅
でも疲れることを見越して金曜日から出社したわけです
土曜日と日曜日家でゆっくり過ごしていました
【術後27日目】 (6/30) 〜
「無理はしないように」 とオットを送り出しましたが
“会議があるから帰宅は19時過ぎになる” そんなメールが
それ以後すっかり手術前と変わらない生活のパターンに戻りました
だんだんと気温も高くなってくる中で一番不快だと言っているのは
いくらメッシュ素材を使用しているとはいえ
コルセットを一日中付けていなくてはいけない事
このコルセットかなりギュッと締めています
食事をする時は緩めなければ食べ物が入っていかないとかで
会社でも食前食後にトイレに行き、緩めたり締め直したり
7月10日の診察を受けた後、このコルセットどうなるでしょうね?
そして会社の方達に一番多く聞かれたのは、やはり病気の原因でした
皆さん一番気になるところなのでしょう 私もそうだったもの
でも先生が言われたのは 「原因は不明です」 の一言でした
もうオットの毎日が普通過ぎて書く事が見当たらない
【術後37日目】 (7/10)
退院して23日が過ぎ、退院後初めてのI先生の診察がありました
診察を終えてオットから電話が
* お風呂はOKになったと (ずっとシャワーでしたので)
* レントゲンを撮り、骨が半分無いのがしっかり写っていたけれど
無くても特に問題はない → 重いものを持っても大丈夫!
ラッシュアワーでの背中への衝撃くらいは気にしなくて良いそうです
* コルセットは術後2ヶ月間(8/3まで)はしていて下さいとの事
* 再発はまず無いが、絶対ではないという事
* 次回の診察は9月末で、MRIの予約が入った
この様な内容でした
お世話になったI先生もオットの元気な様子を診て
満面の笑顔で喜んで下さったとか
そうですよね、手術大成功っていうことですから☆
B病院のI先生に全てお願いするというオットの直感を信じて良かった♪
お世話になった全ての方に ☆有り難うございました☆
病気が判明してから2ヶ月ちょっと、術後37日が経過して
今は後遺症は全くなく薬を飲むこともなく無治療となり
だからでしょうか?
オットの脊髄腫瘍という病気
嵐のように現れて嵐のように去っていった・・・
私の意識の中では数年前の出来事のような気さえしています
今現在私とオット共に元気でおりますが、何が違うかと言えば
薬を飲み続けているか、いないかですね
UC・・・ 1度症状が治まればそれで卒業♪
乳がん・・・ 手術を受ければそれで卒業♪
そんな簡単にいかない病気であることを改めて感じましたが
私だって負けないさ!
さぁーもうこれで、本当にオットの病気に関して書く事は底を突きました
これから定期的に受けるであろう検診で
『特に異常を認めません』 と診断され
これまたブログに特筆すべきものは何もない
そんな風に年月が流れていってくれる事を願って☆
テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体
2008'06.17 (Tue)
退院当日 〜 退院翌日
無事退院の日を迎えました
ほぼ予定通り、術後2週間での退院です
病院前からタクシーに乗りましたが
車の中で 「大丈夫?痛くない?」
「背中が揺れる感じがするけれど大丈夫!」
という私達の会話を聞いたであろう運転手さん
これ以上無いという程のゆっくりしたスピードと丁寧な運転で
カーブでも体が横揺れすることなく無事に家に辿り着きました
運転手さんお心遣いありがとう <(_ _*)>
約2週間ぶりの我が家です
「やっぱり我が家は落ち着くな〜」 と久々お昼を家で食べて
暫く横になっていたオットですが
「ちょっと散歩に行って来る」 と家を出て30分を過ぎても帰ってこない
『どこかで倒れていないよね?』 『まさか迷子とか?』
という私のメールに返信もなく、様子を見に行こうかと思っていたところに
1時間弱の放浪の旅を終えてようやく帰宅しました笑
「やっぱり体がなまってるなー。 少し疲れた」 って
最初から飛ばし過ぎだから!
この長時間の散歩は、退院直後の体には少々きつかったようで
晩御飯を食べた後、布団に入ったまま
電気もつけっぱなしでグッスリ眠っていました
私が寝る時に部屋のドアを開けても身動き一つしないオットを見て
思わずちゃんと息をしているかどうか確かめてしまいました
痛み止めを使っていないのに
夜中に目覚める事なく朝まで熟睡しているオットの姿を見るのは
いったい何ヶ月ぶりでしょう
【退院翌日 / 術後15日目】 6/18
昨日の頑張りが祟ったのか
今日は朝から寝たり起きたりを繰り返しています
開け放した窓からとても気持ちの良い風が入ってきて
私だっていくらでも寝れそうだわぁ〜♪
自分の体の事だもの
自分の体に聞いて自分のペースで
徐々に体を元の調子に戻していく他ないですよね
昨日に引き続きオットと二人きりのランチタイム
夫 「さっき会社の隣の部の**君からメールがあって
『〇〇さん(夫の苗字)ここのところお見かけしないので
長期出張なのかと思っていましたが
入院されていると聞いてビックリしました
腰の手術をされたと聞きましたが私もずっとヘルニアを抱えているので
話を聞かせてください
〇〇さんが入院されているB病院は私の家から直ぐなので
お見舞いに行かせていただきたいのですが・・・・・・・・・・・・・・』
隣の部の人だから退院したのまだ知らないみたいだな」
オットの病気が脊髄腫瘍だということは
上司と数人の同僚にしか話していません
それ以外の人には “腰の手術” としか伝わっていないはず
夫 「脊髄腫瘍っていう病名を口にしたら
いくら良性だと説明しても、話に尾ひれがついて伝わって
【がん患者】 だと思われるのは絶対に嫌だし」
私 「。。。。。」
はい。 またやらかしちゃいましたねーーー!
瞬間湯沸かし器である私のスイッチ押したらどうなるか?!
オットに 【口をきいてやらない刑】 を暫くの間執行致しますっ!!!
乳がんの患者を目の前にして “がん患者だと思われるのは絶対に嫌”
ってポロっと言っちゃうんだ そんな否定の仕方をしちゃうんだ
ホントにバカヤロー! だねアナタは
アナタが言っている事は私も色々経験してきたから十分うなずける
このブログにも何度か書いてきたと思うけれど
乳がんの手術を受けた後、私は自分が乳がんの手術を受けたこと
何人かの人に話していた時期があって
でもその方達の何人かの反応にビックリして
それ以来自分からカミングアウトするの止めたくらいだし
自分の想像していたものとは、あまりにもかけ離れた反応を示されて
乳がんを患ったという事、周りに知られずに済むなら
その方が良いのかな〜と私も今はそう思う
だからアナタが言っている内容は心から理解できるよ
でもその治療を今も受けている最中の奥さんを目の前にして
そんな風に言う無神経さが気に障って仕方ない
今までも数回、オットはこの種類の話題で
私の怒りをかっている
「今年は身近でなくなった人が多いな
Aさんは〇〇癌、Bさんは〇〇癌、Cさんのお父さんは〇〇癌だったし
先週告別式に出たDさんのお父さんは〇〇癌だったし・・・」
こんな話を私にふってきて
アナタは私にいったいどんな返答を望んでいるわけよ
いったい私から何度刑を執行されたら気が済む?
私が乳がんの治療中だと知らない人の口から 『癌』 という言葉が出ても
別に大して気にも留めない。 気にも留めなくなった。
でも私が乳がんの患者だと知っている人から発せられる 『癌』 という言葉に
どういう訳か私の胸は少しざわつく
「この人私が乳がんだと知っていてその言葉を口にする時、してしまった時
いったいどういう思いでいるのだろう
“あっ、しまった。” と思ったり “やば〜い。” って思ったりしていないかな?」
要するに周りの人が自分に対して
変な気を使っているのでは? 不必要にお気の毒と思っていないか?
そんな風に人の気持ちを推し量ろうとする自分が嫌なのだと思う
不必要に気を回すのは止めてほしい
かといってオットのような気遣いの無い言葉も、それはそれで頭にくる
私って我儘で、心狭〜〜〜い
なので少し冷静になって考えてみる
ずっと薬を飲み続けて定期的に病院で検査は受けているものの
私、この4年間新たな病歴が加わる事も無く元気だし
(あっ! あった! 忘れてた!
変形性頸椎症と腹壁瘢痕ヘルニアが加わったのでした
加齢に寄るものと胆嚢炎の手術によって生じたものです
今は無治療だけれどどうなるでしょうね? ←すっかり人ごと笑)
側で見守ってくれている家族からも
私のUCの入院、乳がんの告知・手術で
少なからず動揺をきたしたであろう、あの日々の記憶も徐々に失せ
普段の生活の中で、私が乳癌患者だなんて
オットは大して気にも留めない程に
今現在、私が元気な状態でいるっていう証拠なのではあるまいか
これって幸せな事なんだよね☆
とポジティブにというより自分にとって思い切り都合の良い方向に
発想の転換をはかってみよ〜〜〜v(*'-^*)
思いっきり愚痴を書いていたらスッキリしたので
【口をきいてやらない刑】 は短時間で取り下げてあげました
この後オットは、瞬間湯沸かし器のスイッチをOFFにした私の
「いってらっしゃ〜い♪」 という言葉におくられて
リハビリを兼ねた買い物に出掛けて行き
帰ってきたオットの手にあったのは・・・
一体何人で食べるんだっていうほどのアイスクリームでした (* ̄m ̄)
テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体
2008'06.11 (Wed)
術後8日目〜13日目
昨晩また下剤のお世話になりました
下剤の助けを借りないと、どうもすっきりしないとの事ですが
排尿時に感じていた違和感はすっかり消え失せたそうです
A先生が背中の手術の傷跡をチェック
抜糸までにはもう暫くかかりそうとの事でした
【術後9日目】 6/12
I先生のいいつけを守って(笑)、今日は病院に行きませんでした
家にいる私にオットからメールが来るわ、来るわ!
後日
私 「あのメールの回数を〇〇(娘の名)が見てね
『パパよっぽどママが恋しいんだね〜』 と苦笑いしてたから」
夫 「バカ言え〜〜〜! 暇で暇で時間を持て余していただけだ」
まっ。 そういうことにしておいてあげましょう
私が面会に行かない日の様子は、オットがメールで知らせてきたものです
熱もだいたい36度台に収まるようになり
頭痛も朝起きてから少しの間襲ってくるものの
その後は痛みは感じなくなったそう
もうちょっとの辛抱かな〜
起きているときは胴回りをコルセットでしっかり締め付けているので
背中の傷の痛みは殆ど感じないそうですが
ベットに横になっている時はコルセットを外しているので
寝返りをうつ時は、やはり慎重になってしまうとか
夫 「コルセットを長時間締めているのは結構苦しい」
【術後10日目】 6/13
熱は平熱、頭痛は起床時のみまだ続いています
A先生が傷の様子を見て
3日後の、来週月曜日に抜糸が出来れば
翌日の火曜日に退院という予定でいかがですかとのこと
手術前、入院は2週間の予定と言われていましたので
順調にここまで来ているという事でしょう
昨日までは1人で歩くのは病棟内のみと制限されていましたが
今日からは病棟に面した中庭を1人で散歩しても良いという許可が下りました
病棟地下にあるコンビニに行く事も出来るようになったので
毎日アイスクリームを買いに行っているのは間違いありません笑
そして病理の結果が出ました
『良性の神経鞘腫』 だったとのことです
この手術を受けたB病院で初めて診察を受けた時
聞きなれない 【硬膜内髄外腫瘍】 【神経鞘腫】 【髄膜腫】 という病名を
I先生が書き示して下さったのが下のものです

「通常は良性です」 との説明もあり
病名の下に 『良性』 と書かれたこのメモ用紙
私にはお守りのように思えて大切に保管して置きました
その通りになって本当に良かった
これでようやく安心できました☆ ホッとした〜♪
【術後11日目】 6/14
平熱にもどりました
頭痛は朝のみ、ホンの少し感じるだけとなりました
下剤を使用しなくても調子がいいようです
これで気になっている症状は、今のところ頭痛のみです
【術後12日目】 6/15
ノートにメモが何も残されていないので書く事がありません m(_ _)m
特に何もなかったのではないかと
【術後13日目】 6/16
A先生、傷口をチェックしたあと何も問題無いとのことで抜糸しました
そして予定通り明日いよいよ退院出来ます
シャワーのOKが出ましたが傷口をゴシゴシこすらないようにと
ゴシゴシこすれと言われてもやらないでしょうー 普通は
一日我慢すれば家のシャワーが使えるので
病院でシャワーを浴びる事はしませんでした
2週間毎日タオルで体を拭いていたとはいっても
抵抗があるなんて言ってないで入ればいいのに!
長く続いていた頭痛ですが、ほとんど感じないまでになりました
仕事に復帰できるのはいつ位からか先生にたずねたところ
一週間後から、デスクワークならば仕事を始めてもOKだとの答えでした
【術後14日目】 6/17
祝退院☆
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2008'06.08 (Sun)
術後5日目・6日目・7日目
【術後5日目】 6/8
* 昨晩飲んだ下剤が効いたのか、術後初めて便通がありました
* 7度2・3分の微熱はまだ続いています
* 頭を動かした時の頭痛も、強さは弱まっているもののまだ残っています
【術後6日目】 6/9
* 微熱・頭痛も相変わらず
* 背中の傷の痛みは、鈍痛というよりピリピリ感だそう
* 術後初めて自分で洗髪を済ませました
【術後7日目】 6/10
昨日までオットに許可されていたのは歩く時には歩行器を使い
それも病棟内(外科病棟の整形外科の病室がある2階のみ)に限る
という事でした
それなのにそれなのに。
歩行器なしで、しかも勝手に病棟を出て中庭を散歩していて
看護師さんから、キツクお叱りを受けたらしい
またやっちゃいましたねー!
看護師さんから歩行に関して注意を受けたのは、これで2度目です
もう問題児ならぬ問題患者の仲間入りですかね?
『ウオーカー(歩行器)を使いゆっくり歩かないと何が起こるか分からない。
それをしっかり守ってくれないと、せっかく順調にきてるのに
無事に退院できるという保障はできない。』 と
看護師さんのおっしゃる事、ごもっともです
オットには看護師さんからのお達しを破ったという意識はないようでした
I医師から 「頑張って歩いて下さい」 と声を掛けられて
その言葉の通り頑張ったんだと
そりゃそうだけれど・・・
この話を聞いた時、数日前から感じていた不安が・・・
オットの頭・・・ 大丈夫だろうか?
話がかみ合っていないと感じる事が度々起こるし
物忘れもあるような気がするし
そう心配していたのは私だけではなかったようで、娘も
「パパ大丈夫? 一時的なものだよね?」 と
そんな時、父が全身麻酔で胃癌の手術を受けた時の事を思い出しました
術後、認知症のような症状がでて随分心配したものです
看護師さんに聞くと
「高齢者では手術後、一時的にそのような症状が出現する事がありますが
通常、時間の経過と共に手術前の状態に戻ります」
その言葉通り徐々に回復して、2−3週間ですっかり元の父に戻りました
これと同じ事がオットにもおこっていたのかしら
オットは高齢者というくくりにはまだまだ入らないのだけれど・・・
(一般的に高齢者とは65歳以上を指すそうですよ)
オットも自覚するところがあったようで
「手術後、自分の頭の回路がおかしいような気がするんですよね」
と看護師さんに訴えていました
すると看護師さん
「そうですか。 〇〇さん(オットの苗字)と話していると
いつも頭脳明晰な人という感じを受けますよ」
看護師さん、お世辞がお上手〜〜〜笑
でも病気で入院しているわけですし、手術後という状況の中
お世辞抜きで患者の訴えを聞いて判断して欲しいと思ったりして
現在のオットの様子ですが
すっかり元に戻っています 多分戻っているハズだと思いますよ
私が面会に行く時間と
I先生が病室に顔を出してくださる時間がいつもぶつかっていました
手術日からこの日まで1週間、私は毎日I先生と顔を合わせていたのです
そして今日もまた病室でオットと話しているところに
先生が 「〇〇さん。 いかがですか?」 と言いながらカーテンを開けられて
私とバッチリ目が合ったわけです。 そして発せられた言葉が
「奥さん、もう毎日なんて来なくていいですよ〜笑」
こんな言葉を医師から聞くとは思ってもみませんでした
オットの入院は約2週間の予定で
家から病院まで約45分の道のりでもあるし
毎日面会に行くのは、さほど苦になる事ではなかったのです
病院の地下にあるコンビニに行く許可はまだ下りていなかったこの時
髄液漏れの為、水分を多く摂るように言われていて
ペットボトルを買い足したり、〇〇(食べ物)持ってきてというリクエストもあり
病室の人とは交流がなかったので、話し相手になりに行っていました
このI先生の発言を聞いて、オットが
「もう大変だから毎日は来なくていいから」 と言い始めて
「私は大丈夫だから。 気にしないでいいよ〜。」
私の口からそ〜んな台詞は発せられることはなく
そうか! 私甘やかしすぎた?!
もっと自立させなくちゃいけない? この歳で今更だけれど
翌日から一日おきの病院通いとなりました♪
このI先生の発言、同室の他の方達にもしっかり聞こえていたらしく
(だってI先生の声、大きすぎだから笑)
「毎日面会に来なくていいよ」
という男性陣から家族への言葉がその日は飛び交っていたと
後からオットに聞きました
テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体













