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2006'07.26 (Wed)

退院まで 【乳癌】

はるか昔の事なのに、
まるで昨日の事のようにはっきりと思いだせる場面がある
反対にそんなに時が経ってもいないのに、
全く記憶にないこともある
(最近は冷蔵庫に物を取りに行って、
何を取りに来たか忘れることさえあるけれど)


6月23日に手術を終え30日に退院するまで、
覚えていることを順不同で書いてみる

*手術したあくる日、もう普通に朝食が出て、しっかり完食!
内科の疾患ではなかったので、同室の方達から果物、お菓子、
獲れたてのトマト、お漬物、色々いただいておしゃべりターイム! 
病室のメンバーが入れ替わっても、
明るい雰囲気は最後まで変わらなかった♪

*リンパ節郭清をしなかったので、術後の痛みはほとんど無く、
痛み止めも使用していない
リハビリも特に必要なしとの事だった

*術後3日目、自分で洗髪をすます  気分まですっきり!

*毎日毎日ドレーンのチェック  
色が薄くなってきたとか量が減ってきたとか。
結局ドレーンが抜けたのは退院する前日
退院後の最初の診察時にも、まだ少し体液が溜まっているという事で
胸に針を刺して体液を抜いてもらった

*同室の方とCDの貸し借り
平井賢、Mr.Children、スピッツなど等、いろいろ聞いたなぁー

*術後、面会に来た主人と同室の方が
親しそうに挨拶を交わしていた。
私の知らないことまで主人が知っているのは何故なの?
どうやら私が検査や洗髪で病室にいない時、
何処に住んでいるとか・家族の事やら・病気の事やら
話がはずんでいたらしい。 主人らしい・・・

*私が乳癌とわかった時、娘は大学に入学したばかりだった
大泣きした後「学校に行かないで家事をする」と言い出した。
まぁ、感情が高ぶって口走った事だと思ったが、
その時点で私は肉体的には痛い所もかゆい所も全く無いし、
もとからそんなことは全く望んでいない
自分の病気で家族が犠牲になるのは出来る事なら避けたい
とは言っても、助けてもらわなくてはならない事も出てくるだろう。
そこで、

娘と交わした約束 ♪

「どうしても手を貸して欲しい事も出てくると思う。
その時は遠慮せずに助けを求めるから、
そうでない限り大学生活を充実させて楽しみなさい。
それで楽しい話を私にもいっぱい聞かせて!」

娘はその約束をしっかり果たしてくれた。
(果たしすぎと感じたことも笑)
面会に来てくれる度、手に取るように
大学生活を楽しんでいる様子がわかった

手術後、娘が「ワンピースの後ろに付いているチェーンが
上手く出来ないからやってくれる」
と言って病室に現れたこともあるし
(乳がんの手術をして間もないのに、
病室で娘の着替えを手伝った親はそうはいないだろう )、
面会室で何回娘の相談にのったことか 
はたから見たら???と思われるかもしれないが、
これで私は精神的に随分救われた気がする。 
いつもありがとうね

*“退院する時、使用していたスリッパ、お箸は病院に捨てて行く  
    (もう二度と病院に戻って来ないという願いを込めて)”
これも同室の方に次々と語り継がれていた事。
 私もしっかり実行した
もう二度とここには戻りたくない、二度と戻るもんかぁ〜〜〜


反対に忘れてしまって思い出せないこと

*手術前に浣腸をしたかどうか?
 → 絶対したでしょ!

*尿道カテーテルを、何時して何時外したか?
 → オムツをしていた記憶はないし・・・

*退院時、傷には透明なテープが貼られていたが
(これは退院後シャワーを使うたび、端からとけてなくなった)
これは何時から?
 → 手術後、傷口のガーゼ交換もしたような気がするし

*看護師さんの顔を、一人も憶えていない
胆嚢炎や潰瘍性大腸炎でお世話になった
先生や看護師さんの顔は、はっきり思い出せるのに。  
入院日数が短かったからと、苦しい言い訳をしてみるが...
《お世話になった看護師さん、本当にごめんなさい。
 そして心からありがとうございました》



『2004年6月30日 退院』 


テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

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