け〜せら〜せら〜♪ なるようになる♪
潰瘍性大腸炎(UC)歴約25年、そして乳癌5年生になりました 2羽のインコに癒され、好きな陶芸・刺繍を楽しみながら 毎日のほほ〜んという生活♪ だったのに・・・ 突如脊髄腫瘍という病気が振って湧いて
2008'07.10 (Thu)
☆ わらっとこ わらっとこ ☆
更新を再開してから病気関連の話を書き続け
ようやく今現在の記事に追いつく事ができ一段落
書き留めてきたのがオットの闘病記なるものでしたので
極力真面目にPCの前に座り続けてきましたが
1度くらいは顔文字をふんだんに使って書きたいなと笑
今回は相変わらずな私の日常の出来事をば (*^〜^*)ゝ

この4月をもって、息子のクラス役員の仕事が終了
体調のいい中で、最後まで無事お役を果たせてホッとしました
一年前役員を引き受けた時はどうなることかと心配しましたが
一緒に仕事が出来たのが、このメンバーであった事
本当にとてもラッキーな事だったと感謝の一言に尽きました
で、当然打ち上げとなりますよね♪
メンバー8人の中に全校を通しても唯一の男性
お父さん役員がお1人いらっしゃいました
そしてお人柄なのでしょうね
ピーチクパーチクの女性陣をもろともせず
雰囲気に溶け込んでいらっしゃいました
乾杯の音頭で始まった打ち上げ
8人の内5人が私と同い年だった事がわかり
〇〇歳に ヾ(〃^∇^)ノ カンパーイ♪ と既にスタート時点からハイピッチ
学校の事、先生の事、子供達の事、受験の事は勿論
話はあちこちに飛び、ナント8人中4人もが経験したという
飲み会に似つかわしくない流産・不妊治療の話題にまで話が及んで
(勿論私もその内の1人でしたが)
親の期待はどんどん膨らむ一方だけれど
「元気に育ってくれた息子達にカンパ〜イ ( ^0^)/Y☆Y \(^ー^) 」 と♪
進められるままに、ついついグラスのお代わりが何杯もって・・・
話の内容が色々深まっていくうちに
隣に座った方が私に言われました 『〇〇さんて知ってる?』
その名前を聞いて超〜ビックリ
もう20年も前に海外で生活していた時の友達の名前だったから
我が家では今年に入って
この手の簡単には起こらない偶然が5件立て続けに勃発し
その度に 「えーーー! うそーーー! 信じられなーい!」
という黄色い声が発せられたのは言うまでもありません
『世の中って広いようでホントに狭いもんだネっ♪』
今度3人で飲む事を約束して、またお酒が進んで盛り上がる笑
そろそろお開きという時間になって、お父さん役員が一言
「ここからタクシーでいったら直ぐだから、場所を移して2次会に行こう」 って
行き先が 帝〇ホテルだとわかって
こっそりお財布の中を確かめるお母さん役員(^▽^;)
このホテル、何年振り、いや何十年振り・・・
そう。 ナント30年ぶりで足を踏み入れたとても懐かしい場所でした
学生時代、仲の良かった友人Kちゃんのお父さんが
このホテルの一室で絵画に関係した仕事をされていて
その部屋でドレスに着替えさせていただいて
Kちゃんと一緒にホテルで行われたダンスパーティーに
出席した事が数回ありました
もうこれを書いていて “まるで走馬灯のように”
その当時の出来事を懐かしく思い出してしまいました
会社の先輩の結婚式に出席したのもこのホテルだったな〜
17階にあるバーラウンジは静かで落ち着いた雰囲気
スタッフの人達のサービスもとても丁寧で気持ちが良かった
案内された一面ガラス張りの窓に面した席からは綺麗な夜景が見渡せて
ピアノの生演奏をバックに
座り心地の良いソファーに身を任せて過ごす時間は
日常の慌しさから離れて、ちょっぴり贅沢で優雅な気分にさせてくれました
これまた昔懐かしいソルティ・ドッグやらスクリュー・ドライバー
メニューの中から適当に選んだ、今は思い出せない名前のカクテル
一次会で飲んだビール・梅酒・サワーより
アルコール度数がはるかに高いであろうカクテルを4杯ほどおかわり
普段体に入るアルコールは料理用のお酒のみという私です
(若い頃はそれなりに飲めましたよ〜笑)
たしか去年だったか、1・2杯のサワーを飲んで翌日体調を崩し
「もう二度とお酒は飲まない」 と決めていたはずなのに
一次会の雰囲気とは違った大人な時間と空間に
気が緩んでも仕方ないですよね☆ とりあえず自己弁護 (〃 ̄ω ̄〃ゞ
それでは今度こそお開きにということになり・・・
「今日は私が皆さんをお誘いしたので」 というお父さん役員に


全員ごちになりましたぁ〜〜〜♪ 


太っ腹過ぎますっ ♥♥♫♩♬ :*.;".*・;・w(☆o◎)w・;・*.";.*: ♫♩♬♥♥
もし夫から同じsituationで同じ事(同じ金額)をしたと打ち明けられたら
果たして私は笑顔で 『 Good Job (o^-')b 』 と言えるかどうか
いくらご馳走して下さるとはいえ
やはり1度は各自精算すると申し出ましたよ
でもこういう場での払う払わないの押し問答は好きではないので (^▽^;)
自分で払う気持ちでいたので
遠慮などせずにお母さん達バンバンオーダーしてしまいました
限りなく両手の指の本数に近いお会計だったと思いますが
家に帰って奥さんに怒られなかったですよね?
それともずっと秘密にされるとか?
何はともあれ、本当にごちそうさまでした (*^▽^*)
ホテルを出て駅まで小走り! それぞれのホームを目指しダッシュ!
i||||ウソォォンq(。-ω-。;)pソォォンナ||||i
あと5分早ければと思っても後の祭りなわけで
終電さ〜ん♪ さようなら〜〜〜(><*)ノ~~~~~
まさかこの歳になって
人生初の終電逃しが体験できるとは思わなかった w(☆o◎)w
その後、もう帰る術はタクシーしかなくて
きっと体からプンプン漂っていたに違いないお酒の臭いを
ホントっ運転手さんには申し訳なく思いながら
夫・娘・息子には一応遅くなる旨メールをし、それから後は
じっと息を潜めて (息が臭いだろうから・・・笑) 目を閉じ
寝たふりを決め込んでおりました
「ただいま」 と
“お酒なんかそんなに飲んでないから” “頭はいたってクリアーだから”
そんな毅然とした態度でリビングに入り
いつもはとっくに寝ている時間なのに私を待って起きている夫に
「先に寝ててくれて良かったのに
」 と
やましい事をしてきたわけでもないのに優しく言葉をかけ
「酒くせーーーっ
」 と鼻をつまむ息子に
「どんなもんよ〜♪ 私だってやれば出来るんだって☆」
と意味不明なVサインをおくり ☆⌒v(*^ー゚)b
「頭の配線ショートしたんじゃない」 と言われる始末で。。。
息子と視線を合わせたまま
「ノドガカワイター♪ オミズガ ホ
シ
イ
」
( ↑ 完全な酔っ払い 自分で自分の事がキモかった笑 )
と言ったら、ナント氷入りの水を持ってきてくれた息子
「もうヤダー♪
ひと手間かけてくれるなんて、私を愛している証拠だよね〜
言いたい放題の私
「バッカじゃねーの!」
ちょっと照れたような息子の様子が面白かった ( ´艸`)
「お疲れ〜」 という優しい娘の言葉に
やたらハイテンションで今日の出来事を喋り捲っている自分に
“足もふらついていないし、頭はしっかりしているけれど
私やっぱり酔っ払っているかも?” とようやく自覚した次第で笑
「私って♪ 酒豪かもよ♪ まだまだいけそうだし〜♪」
な〜んて右腕の力こぶを見せつけるに至って (←アホでしょ。私?)
「はいはい (;-_-)」 と娘が呆れた様子を見せ始めたのを機に
お風呂に入ってすっかり良い気分になって布団に入りました
翌朝。。。
「頭痛ーい (T◇T) 気持ち悪ーい (T◇T)」 と急いでトイレへ
リバースしそうだからではありませんよ
お腹が。 やばーーーい!!!
6年前、一日に20回近くもトイレに駆け込んでいた
あの頃がフラッシュバックしてきました
あの時以来目にする 『水様便』 に
もうUCが再燃しちゃったかもと青ざめて
「二度としません! 二度としないから再燃だけは勘弁して!」 と
数日間は便に血が付いていないか便器に顔を近づけて観察し続けました
娘 「そういう人のこと “懲りない奴” っていうんだよん♪」
私 「いやいや。 一応懲りることは思いっきり懲りてるから
今だって凹んでしおれているでしょ?! でもね。すぐ忘れちゃうのよ」
娘 「だからそれが “懲りない奴” なんだって笑
またやりそうだしね♪」
はい! 反論のしようがありません もう悔い改めます m(_ _;)m
その日は、ただただ口から火を吹きそうな自分の息の熱さに耐え
一日の殆どを横になって過ごしてしまいました
お酒臭いと言われないように部屋の扉をきっちり閉めて寝ていたら
私に用事のあった息子が扉を開け
「うっ! 臭すぎる」 と憎まれ口をたたいて
部屋に入らず出て行った。 と思ったら
直ぐにマッチを手に戻ってきた
そしてナント! 部屋に入ってくるなり
私の枕元でマッチをすったではないか Σ( ̄ロ ̄lll)
以前息子が使用した直後のトイレに入った時
臭いを消すためにマッチをすったのは、確かにこの私です (;^◇^;)ゝ
(この消臭方法、結構効きますよね!?)
キミはあんなに弱っている(?)母親を前に
あの時の仕返しをしっかり果たしたんだね
私のクササはトイレ並みだってか ・:*:・(*/////∇/////*)・:*:・
カムバーーーック! 母親の威厳
まっ♪ 威厳などというものは
初めからあったような〜ないような〜 ( ̄m ̄*)
【注】 いつもこんなことしているわけでは決してありませんから
たまーに、ほんのたまーに♪ v(*'-^*)ゞ^;*・'゜☆
以上、私の日常の呆れた一コマで
この1年、全く成長を遂げていなかったのね(・・。) ? と問われれば
お恥ずかしい限りで〜す (/ε\*)

オットの病気が判明する一週間ほど前の出来事です (*^^*)
さすがの私も家族の病気の不安を抱えていたら
ここまで心の底から楽しめたかどうかはわかりません
結婚後に病気をドーーーンと抱えてしまった私が今振り返ると
少なくても私の場合は、決して全てとは言えないまでも
体や心に感じるストレスが
病気発症の1つの誘因となってしまったという思いは拭いきれません
流産・不妊という出来事が全ての根源となり
この時のストレスが病気を呼び、それがまた違う病気を呼びという風に
乳がんは長い年月をかけて大きくなると言われていて
オットが患った脊髄腫瘍もまた
短期間にこの大きさになったのではなく、年月をかけて大きくなったと
それを聞いた時、流産・不妊・UC・胆嚢炎・乳がん
病気が直撃したのは全て私の体だったけれど
私の病気が原因となって夫にもストレスが溜まっていったのかな〜と
今回のオットの病気の発症の原因の一つは、私の病気???
(注! 脊髄腫瘍の原因は不明です 誤解なきよう
でもストレスは毒にはなっても決して薬にはならないですよね)
私って悪い奥さんなのかな〜
と感じて心が凹む事は・・・ ごめん 全く無い!
あの時教会で 『健やかなる時も病める時も・・・』 って誓ったしね
何事もお互い様よ! ←酷〜〜〜いっ?
でもこの歳になって、これだけは忘れずにいたいなと思っている事があります
『周りの人達への感謝の気持ち』 と 『笑いのある生活』 この二つ☆
周りの人達・・・もちろん夫も含まれますよ〜笑
二つ前の この記事 に書いたように
私の瞬間湯沸かし器のスイッチを
一番高い頻度で押してくれる夫なわけで( ̄▽ ̄;)
ムカッとくることも少なからずあるのですが
一番感謝をしなければならないのもまた夫であると
口にこそ出さないものの (これからも出せないな、きっと)
胸の奥深〜〜〜いところで思っているわけです
あまりにも奥底過ぎて、普段は隠れて表面に出てこないし (o^皿^)\
少し話が脱線しますが
私の瞬間湯沸かし器のスイッチが入ってしまう回数にあまり変化はなくても
ON になってから OFF になるまでの時間は短くなってきましたね v(o^_^o)v
気持ちの切り替えが素早くできるようになったのは
日々の鍛錬の賜でしょう♪ あれっ、それとも歳のせいですか?
その歳になってようやく
『周りの人達への感謝の気持ち』 『笑いのある生活』
そして一つ付け足して (#~皿~#) 『夫の存在』
の大切さに気づいたのか! と思われていませんか?
まぁ言葉にする事は簡単なのでいつも言っていたような
でも超自己中の私には、病気にならなければ
この大切さを 心底 実感できたかどうかわかりません
病気のおかげで超自己中な私が
普通の自己中くらいには昇格できたのではないかと A=´、`=)ゞ
もう人生〇〇年生きてきて、結婚生活もすでに26年が経過し
その間には大波、小波が押し寄せてきたりもしたわけです
それをどうにか乗り越えて今があるのは
やはり周りの人達の支えや笑いや感動
日々の私の努力があったからに他なりません 
『健やかなる時も病める時も
ずっ〜〜〜とお気楽に笑っている事を誓い ・・・・・たい ☆』
↑ うふ (* ̄ー ̄)v ちょっとだけ弱気♪

有り難うございました☆ 次回の更新は未定です
☆⌒(*^-゜)v Thanks

ようやく今現在の記事に追いつく事ができ一段落
書き留めてきたのがオットの闘病記なるものでしたので
極力真面目にPCの前に座り続けてきましたが
1度くらいは顔文字をふんだんに使って書きたいなと笑
今回は相変わらずな私の日常の出来事をば (*^〜^*)ゝ

この4月をもって、息子のクラス役員の仕事が終了
体調のいい中で、最後まで無事お役を果たせてホッとしました
一年前役員を引き受けた時はどうなることかと心配しましたが
一緒に仕事が出来たのが、このメンバーであった事
本当にとてもラッキーな事だったと感謝の一言に尽きました
で、当然打ち上げとなりますよね♪
メンバー8人の中に全校を通しても唯一の男性
お父さん役員がお1人いらっしゃいました
そしてお人柄なのでしょうね
ピーチクパーチクの女性陣をもろともせず
雰囲気に溶け込んでいらっしゃいました
乾杯の音頭で始まった打ち上げ
8人の内5人が私と同い年だった事がわかり
〇〇歳に ヾ(〃^∇^)ノ カンパーイ♪ と既にスタート時点からハイピッチ
学校の事、先生の事、子供達の事、受験の事は勿論
話はあちこちに飛び、ナント8人中4人もが経験したという
飲み会に似つかわしくない流産・不妊治療の話題にまで話が及んで
(勿論私もその内の1人でしたが)
親の期待はどんどん膨らむ一方だけれど
「元気に育ってくれた息子達にカンパ〜イ ( ^0^)/Y☆Y \(^ー^) 」 と♪
進められるままに、ついついグラスのお代わりが何杯もって・・・
話の内容が色々深まっていくうちに
隣に座った方が私に言われました 『〇〇さんて知ってる?』
その名前を聞いて超〜ビックリ
もう20年も前に海外で生活していた時の友達の名前だったから
我が家では今年に入って
この手の簡単には起こらない偶然が5件立て続けに勃発し
その度に 「えーーー! うそーーー! 信じられなーい!」
という黄色い声が発せられたのは言うまでもありません
『世の中って広いようでホントに狭いもんだネっ♪』
今度3人で飲む事を約束して、またお酒が進んで盛り上がる笑
そろそろお開きという時間になって、お父さん役員が一言
「ここからタクシーでいったら直ぐだから、場所を移して2次会に行こう」 って
行き先が 帝〇ホテルだとわかって
こっそりお財布の中を確かめるお母さん役員(^▽^;)
このホテル、何年振り、いや何十年振り・・・
そう。 ナント30年ぶりで足を踏み入れたとても懐かしい場所でした
学生時代、仲の良かった友人Kちゃんのお父さんが
このホテルの一室で絵画に関係した仕事をされていて
その部屋でドレスに着替えさせていただいて
Kちゃんと一緒にホテルで行われたダンスパーティーに
出席した事が数回ありました
もうこれを書いていて “まるで走馬灯のように”
その当時の出来事を懐かしく思い出してしまいました

会社の先輩の結婚式に出席したのもこのホテルだったな〜
17階にあるバーラウンジは静かで落ち着いた雰囲気
スタッフの人達のサービスもとても丁寧で気持ちが良かった
案内された一面ガラス張りの窓に面した席からは綺麗な夜景が見渡せて
ピアノの生演奏をバックに
座り心地の良いソファーに身を任せて過ごす時間は
日常の慌しさから離れて、ちょっぴり贅沢で優雅な気分にさせてくれました
これまた昔懐かしいソルティ・ドッグやらスクリュー・ドライバー
メニューの中から適当に選んだ、今は思い出せない名前のカクテル
一次会で飲んだビール・梅酒・サワーより
アルコール度数がはるかに高いであろうカクテルを4杯ほどおかわり
普段体に入るアルコールは料理用のお酒のみという私です
(若い頃はそれなりに飲めましたよ〜笑)
たしか去年だったか、1・2杯のサワーを飲んで翌日体調を崩し
「もう二度とお酒は飲まない」 と決めていたはずなのに
一次会の雰囲気とは違った大人な時間と空間に
気が緩んでも仕方ないですよね☆ とりあえず自己弁護 (〃 ̄ω ̄〃ゞ
それでは今度こそお開きにということになり・・・
「今日は私が皆さんをお誘いしたので」 というお父さん役員に


全員ごちになりましたぁ〜〜〜♪ 


太っ腹過ぎますっ ♥♥♫♩♬ :*.;".*・;・w(☆o◎)w・;・*.";.*: ♫♩♬♥♥
もし夫から同じsituationで同じ事(同じ金額)をしたと打ち明けられたら
果たして私は笑顔で 『 Good Job (o^-')b 』 と言えるかどうか

いくらご馳走して下さるとはいえ
やはり1度は各自精算すると申し出ましたよ
でもこういう場での払う払わないの押し問答は好きではないので (^▽^;)
自分で払う気持ちでいたので
遠慮などせずにお母さん達バンバンオーダーしてしまいました
限りなく両手の指の本数に近いお会計だったと思いますが
家に帰って奥さんに怒られなかったですよね?
それともずっと秘密にされるとか?
何はともあれ、本当にごちそうさまでした (*^▽^*)
ホテルを出て駅まで小走り! それぞれのホームを目指しダッシュ!
i||||ウソォォンq(。-ω-。;)pソォォンナ||||i
あと5分早ければと思っても後の祭りなわけで
終電さ〜ん♪ さようなら〜〜〜(><*)ノ~~~~~
まさかこの歳になって
人生初の終電逃しが体験できるとは思わなかった w(☆o◎)w
その後、もう帰る術はタクシーしかなくて
きっと体からプンプン漂っていたに違いないお酒の臭いを
ホントっ運転手さんには申し訳なく思いながら
夫・娘・息子には一応遅くなる旨メールをし、それから後は
じっと息を潜めて (息が臭いだろうから・・・笑) 目を閉じ
寝たふりを決め込んでおりました
「ただいま」 と
“お酒なんかそんなに飲んでないから” “頭はいたってクリアーだから”
そんな毅然とした態度でリビングに入り
いつもはとっくに寝ている時間なのに私を待って起きている夫に
「先に寝ててくれて良かったのに
」 とやましい事をしてきたわけでもないのに優しく言葉をかけ
「酒くせーーーっ
」 と鼻をつまむ息子に「どんなもんよ〜♪ 私だってやれば出来るんだって☆」
と意味不明なVサインをおくり ☆⌒v(*^ー゚)b
「頭の配線ショートしたんじゃない」 と言われる始末で。。。
息子と視線を合わせたまま
「ノドガカワイター♪ オミズガ ホ
シ
イ
」 ( ↑ 完全な酔っ払い 自分で自分の事がキモかった笑 )
と言ったら、ナント氷入りの水を持ってきてくれた息子

「もうヤダー♪
ひと手間かけてくれるなんて、私を愛している証拠だよね〜

言いたい放題の私
「バッカじゃねーの!」
ちょっと照れたような息子の様子が面白かった ( ´艸`)
「お疲れ〜」 という優しい娘の言葉に
やたらハイテンションで今日の出来事を喋り捲っている自分に
“足もふらついていないし、頭はしっかりしているけれど
私やっぱり酔っ払っているかも?” とようやく自覚した次第で笑
「私って♪ 酒豪かもよ♪ まだまだいけそうだし〜♪」
な〜んて右腕の力こぶを見せつけるに至って (←アホでしょ。私?)
「はいはい (;-_-)」 と娘が呆れた様子を見せ始めたのを機に
お風呂に入ってすっかり良い気分になって布団に入りました
翌朝。。。
「頭痛ーい (T◇T) 気持ち悪ーい (T◇T)」 と急いでトイレへ
リバースしそうだからではありませんよ
お腹が。 やばーーーい!!!
6年前、一日に20回近くもトイレに駆け込んでいた
あの頃がフラッシュバックしてきました
あの時以来目にする 『水様便』 に
もうUCが再燃しちゃったかもと青ざめて
「二度としません! 二度としないから再燃だけは勘弁して!」 と
数日間は便に血が付いていないか便器に顔を近づけて観察し続けました
娘 「そういう人のこと “懲りない奴” っていうんだよん♪」
私 「いやいや。 一応懲りることは思いっきり懲りてるから
今だって凹んでしおれているでしょ?! でもね。すぐ忘れちゃうのよ」
娘 「だからそれが “懲りない奴” なんだって笑
またやりそうだしね♪」
はい! 反論のしようがありません もう悔い改めます m(_ _;)m
その日は、ただただ口から火を吹きそうな自分の息の熱さに耐え
一日の殆どを横になって過ごしてしまいました
お酒臭いと言われないように部屋の扉をきっちり閉めて寝ていたら
私に用事のあった息子が扉を開け
「うっ! 臭すぎる」 と憎まれ口をたたいて
部屋に入らず出て行った。 と思ったら
直ぐにマッチを手に戻ってきた
そしてナント! 部屋に入ってくるなり
私の枕元でマッチをすったではないか Σ( ̄ロ ̄lll)
以前息子が使用した直後のトイレに入った時
臭いを消すためにマッチをすったのは、確かにこの私です (;^◇^;)ゝ
(この消臭方法、結構効きますよね!?)
キミはあんなに弱っている(?)母親を前に
あの時の仕返しをしっかり果たしたんだね

私のクササはトイレ並みだってか ・:*:・(*/////∇/////*)・:*:・
カムバーーーック! 母親の威厳

まっ♪ 威厳などというものは
初めからあったような〜ないような〜 ( ̄m ̄*)
【注】 いつもこんなことしているわけでは決してありませんから
たまーに、ほんのたまーに♪ v(*'-^*)ゞ^;*・'゜☆
以上、私の日常の呆れた一コマで
この1年、全く成長を遂げていなかったのね(・・。) ? と問われれば
お恥ずかしい限りで〜す (/ε\*)

オットの病気が判明する一週間ほど前の出来事です (*^^*)
さすがの私も家族の病気の不安を抱えていたら
ここまで心の底から楽しめたかどうかはわかりません
結婚後に病気をドーーーンと抱えてしまった私が今振り返ると
少なくても私の場合は、決して全てとは言えないまでも
体や心に感じるストレスが
病気発症の1つの誘因となってしまったという思いは拭いきれません
流産・不妊という出来事が全ての根源となり
この時のストレスが病気を呼び、それがまた違う病気を呼びという風に
乳がんは長い年月をかけて大きくなると言われていて
オットが患った脊髄腫瘍もまた
短期間にこの大きさになったのではなく、年月をかけて大きくなったと
それを聞いた時、流産・不妊・UC・胆嚢炎・乳がん
病気が直撃したのは全て私の体だったけれど
私の病気が原因となって夫にもストレスが溜まっていったのかな〜と
今回のオットの病気の発症の原因の一つは、私の病気???
(注! 脊髄腫瘍の原因は不明です 誤解なきよう
でもストレスは毒にはなっても決して薬にはならないですよね)
私って悪い奥さんなのかな〜
と感じて心が凹む事は・・・ ごめん 全く無い!
あの時教会で 『健やかなる時も病める時も・・・』 って誓ったしね
何事もお互い様よ! ←酷〜〜〜いっ?
でもこの歳になって、これだけは忘れずにいたいなと思っている事があります
『周りの人達への感謝の気持ち』 と 『笑いのある生活』 この二つ☆
周りの人達・・・もちろん夫も含まれますよ〜笑
二つ前の この記事 に書いたように
私の瞬間湯沸かし器のスイッチを
一番高い頻度で押してくれる夫なわけで( ̄▽ ̄;)
ムカッとくることも少なからずあるのですが
一番感謝をしなければならないのもまた夫であると
口にこそ出さないものの (これからも出せないな、きっと)
胸の奥深〜〜〜いところで思っているわけです
あまりにも奥底過ぎて、普段は隠れて表面に出てこないし (o^皿^)\
少し話が脱線しますが
私の瞬間湯沸かし器のスイッチが入ってしまう回数にあまり変化はなくても
ON になってから OFF になるまでの時間は短くなってきましたね v(o^_^o)v
気持ちの切り替えが素早くできるようになったのは
日々の鍛錬の賜でしょう♪ あれっ、それとも歳のせいですか?
その歳になってようやく
『周りの人達への感謝の気持ち』 『笑いのある生活』
そして一つ付け足して (#~皿~#) 『夫の存在』
の大切さに気づいたのか! と思われていませんか?
まぁ言葉にする事は簡単なのでいつも言っていたような
でも超自己中の私には、病気にならなければ
この大切さを 心底 実感できたかどうかわかりません
病気のおかげで超自己中な私が
普通の自己中くらいには昇格できたのではないかと A=´、`=)ゞ
もう人生〇〇年生きてきて、結婚生活もすでに26年が経過し
その間には大波、小波が押し寄せてきたりもしたわけです
それをどうにか乗り越えて今があるのは
やはり周りの人達の支えや笑いや感動

『健やかなる時も病める時も
ずっ〜〜〜とお気楽に笑っている事を誓い ・・・・・たい ☆』
↑ うふ (* ̄ー ̄)v ちょっとだけ弱気♪

有り難うございました☆ 次回の更新は未定です
☆⌒(*^-゜)v Thanks

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体
2008'07.10 (Thu)
【術後16日目】〜と 術後検診
【術後16日目】 (6/19) 〜
退院してきてから毎日の日課は “散歩” になりました
一日一日延ばしていってのは、歩く距離と時間
短くしていったのは、昼間横になる時間
6/27から会社に出ると決め、その日に合わせて体調を整えていきました
オットが元気になるにしたがって、この場に書き留める事が減ってきた〜
【術後24日目】 (6/27) 〜
本日(金曜日)から出社しました
「今日は早めに帰ってくる」 の言葉通り15時頃に
「少し疲れた」 と言って帰宅
でも疲れることを見越して金曜日から出社したわけです
土曜日と日曜日家でゆっくり過ごしていました
【術後27日目】 (6/30) 〜
「無理はしないように」 とオットを送り出しましたが
“会議があるから帰宅は19時過ぎになる” そんなメールが
それ以後すっかり手術前と変わらない生活のパターンに戻りました
だんだんと気温も高くなってくる中で一番不快だと言っているのは
いくらメッシュ素材を使用しているとはいえ
コルセットを一日中付けていなくてはいけない事
このコルセットかなりギュッと締めています
食事をする時は緩めなければ食べ物が入っていかないとかで
会社でも食前食後にトイレに行き、緩めたり締め直したり
7月10日の診察を受けた後、このコルセットどうなるでしょうね?
そして会社の方達に一番多く聞かれたのは、やはり病気の原因でした
皆さん一番気になるところなのでしょう 私もそうだったもの
でも先生が言われたのは 「原因は不明です」 の一言でした
もうオットの毎日が普通過ぎて書く事が見当たらない
【術後37日目】 (7/10)
退院して23日が過ぎ、退院後初めてのI先生の診察がありました
診察を終えてオットから電話が
* お風呂はOKになったと (ずっとシャワーでしたので)
* レントゲンを撮り、骨が半分無いのがしっかり写っていたけれど
無くても特に問題はない → 重いものを持っても大丈夫!
ラッシュアワーでの背中への衝撃くらいは気にしなくて良いそうです
* コルセットは術後2ヶ月間(8/3まで)はしていて下さいとの事
* 再発はまず無いが、絶対ではないという事
* 次回の診察は9月末で、MRIの予約が入った
この様な内容でした
お世話になったI先生もオットの元気な様子を診て
満面の笑顔で喜んで下さったとか
そうですよね、手術大成功っていうことですから☆
B病院のI先生に全てお願いするというオットの直感を信じて良かった♪
お世話になった全ての方に ☆有り難うございました☆
病気が判明してから2ヶ月ちょっと、術後37日が経過して
今は後遺症は全くなく薬を飲むこともなく無治療となり
だからでしょうか?
オットの脊髄腫瘍という病気
嵐のように現れて嵐のように去っていった・・・
私の意識の中では数年前の出来事のような気さえしています
今現在私とオット共に元気でおりますが、何が違うかと言えば
薬を飲み続けているか、いないかですね
UC・・・ 1度症状が治まればそれで卒業♪
乳がん・・・ 手術を受ければそれで卒業♪
そんな簡単にいかない病気であることを改めて感じましたが
私だって負けないさ!
さぁーもうこれで、本当にオットの病気に関して書く事は底を突きました
これから定期的に受けるであろう検診で
『特に異常を認めません』 と診断され
これまたブログに特筆すべきものは何もない
そんな風に年月が流れていってくれる事を願って☆
退院してきてから毎日の日課は “散歩” になりました
一日一日延ばしていってのは、歩く距離と時間
短くしていったのは、昼間横になる時間
6/27から会社に出ると決め、その日に合わせて体調を整えていきました
オットが元気になるにしたがって、この場に書き留める事が減ってきた〜
【術後24日目】 (6/27) 〜
本日(金曜日)から出社しました
「今日は早めに帰ってくる」 の言葉通り15時頃に
「少し疲れた」 と言って帰宅
でも疲れることを見越して金曜日から出社したわけです
土曜日と日曜日家でゆっくり過ごしていました
【術後27日目】 (6/30) 〜
「無理はしないように」 とオットを送り出しましたが
“会議があるから帰宅は19時過ぎになる” そんなメールが
それ以後すっかり手術前と変わらない生活のパターンに戻りました
だんだんと気温も高くなってくる中で一番不快だと言っているのは
いくらメッシュ素材を使用しているとはいえ
コルセットを一日中付けていなくてはいけない事
このコルセットかなりギュッと締めています
食事をする時は緩めなければ食べ物が入っていかないとかで
会社でも食前食後にトイレに行き、緩めたり締め直したり
7月10日の診察を受けた後、このコルセットどうなるでしょうね?
そして会社の方達に一番多く聞かれたのは、やはり病気の原因でした
皆さん一番気になるところなのでしょう 私もそうだったもの
でも先生が言われたのは 「原因は不明です」 の一言でした
もうオットの毎日が普通過ぎて書く事が見当たらない
【術後37日目】 (7/10)
退院して23日が過ぎ、退院後初めてのI先生の診察がありました
診察を終えてオットから電話が
* お風呂はOKになったと (ずっとシャワーでしたので)
* レントゲンを撮り、骨が半分無いのがしっかり写っていたけれど
無くても特に問題はない → 重いものを持っても大丈夫!
ラッシュアワーでの背中への衝撃くらいは気にしなくて良いそうです
* コルセットは術後2ヶ月間(8/3まで)はしていて下さいとの事
* 再発はまず無いが、絶対ではないという事
* 次回の診察は9月末で、MRIの予約が入った
この様な内容でした
お世話になったI先生もオットの元気な様子を診て
満面の笑顔で喜んで下さったとか
そうですよね、手術大成功っていうことですから☆
B病院のI先生に全てお願いするというオットの直感を信じて良かった♪
お世話になった全ての方に ☆有り難うございました☆
病気が判明してから2ヶ月ちょっと、術後37日が経過して
今は後遺症は全くなく薬を飲むこともなく無治療となり
だからでしょうか?
オットの脊髄腫瘍という病気
嵐のように現れて嵐のように去っていった・・・
私の意識の中では数年前の出来事のような気さえしています
今現在私とオット共に元気でおりますが、何が違うかと言えば
薬を飲み続けているか、いないかですね
UC・・・ 1度症状が治まればそれで卒業♪
乳がん・・・ 手術を受ければそれで卒業♪
そんな簡単にいかない病気であることを改めて感じましたが
私だって負けないさ!
さぁーもうこれで、本当にオットの病気に関して書く事は底を突きました
これから定期的に受けるであろう検診で
『特に異常を認めません』 と診断され
これまたブログに特筆すべきものは何もない
そんな風に年月が流れていってくれる事を願って☆
テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体
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